ダグラス日記(だいたい毎日更新中)

ダグラス日記

FILTR✖️新潮選書『人類学の古典に親しむーメアリ・ダグラスというエアポケット』の講座日記です。

本講座はすでに前編・後編とも売り切れとなっておりますが、ご希望が多い場合第2クールを開講致します。ご関心ある方は、上記申込サイトの「再入荷受付」よりメールアドレスの登録をお願いいたします。第2クール販売開始と同時にメールでご連絡が届きます。

もくじ

2022年11月30日 「死んだカメレオンにさわると夕方まで汚れる」

旧約聖書の「レビ記」と「申命記」で汚れているから食べちゃいけないとされている生き物。

  • のうさぎ
  • ラクダ
  • いのしし
  • もりふくろう
  • こうのとり
  • 羽のある昆虫
  • カメレオン

一体なんなの?ってなりますよね。

当時の学者の皆様もそうだったらしく、「腹を引きずってのたくりながら進む爬虫類」が禁止されているのは、それが「 貪欲で情欲に溺れる人」を象徴するから、といった解釈が試みられたそうな。

なるほどカメレオンを食べると、貪欲で情欲に溺れる人になるのか!

とは、ならないですよね。たぶん。

ではダグラスの解釈はいかに。

ところで、清い動物であるカモシカの目撃情報が受講生の方から届きました。磯野は昨日、ハトに近づきすぎて派手に逃走されました。(3章にハトについての記述はなし)

みんないろんなところに住んでいる。

2022年11月29日 「古典の読み方③ー”汚らわしいもの”を”はぐれもの”と読みかえる」

メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』。早いもので今週は第3章の「レビ記における”汚らわしいもの”」

難解な古典をなんとか読むため、ビールを飲む、音読する、人名を無視して最後までとにかく読む、など様々な工夫を凝らしている受講生の皆さま。

3章についてもまたまたクリエティヴなご意見が。

汚れたものをはぐれものと読み替えると頭に入ってくる。切ない。レビ記をこんなセンチメンタルな気持ちで読むとは思ってもいなかった。

まじか?

と思ってやったら、本当に切なくなります。

実はここ、3章の結構本質的な部分です。ダグラス自身もここの部分の言葉のチョイスで大変な批判を受けたと序に残している。

原著でも「汚らわしい」じゃなく、「はぐれもの」にしていたら批判が少なかったかもしれない。現代の炎上を考える上でも参考になる章です。

あわせて読みたい
古典の読み方ー『汚穢と禁忌』が全然理解できないあなたへ 『汚穢の禁忌』を読み始めたんだけど全然わかりません...という声が受講生の皆さんから届いています。
あわせて読みたい
呪術と奇跡ってなんだ?ーメアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』第4章 『汚穢と禁忌』を「汚さ」の話だけで終わらせるのは本当にもったいない。例えば、「汚さ」の議論からやや遠ざかる第4章「呪術と奇跡」はその最たる箇所。「おまじないなんて、科学的思考ができない人が行う意味ない行為」といった冷ややかな目線や嘲笑を、ダグラスは華麗に跳ね飛ばしていく。

2022年11月28日 「メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』の関連資料 by 受講生編」

『汚穢の禁忌』の1章&2章に触発された皆さんが色々な資料をご紹介くださっています。とても面白いので一部紹介。本書をお読みになったことがある方は「なるほど!」と思うかもしれませんし、思わないかもしれません。

さあ、皆さんもご一緒に。
「病は気から」なんて今やもはや差別用語と言われそうだけど、「気」という言葉でないと伝わらないことはあると思う。
「もののけ姫」は聖と汚穢の観念をかなり意識して作られていると感じるアニメの一つ。
1章を超えると少し楽になる!

2022年11月25日「 “外出時に着ていた服を布団の上に置かないで!”。 じゃあ家の”庭”で着ていた服は?」

第2章「世俗における汚穢」。2章のテーマは大きく2つあるんだけど、そのうちの1つは「生み出された曖昧なもの」にどう対峙するかということ。

分類は人間が生み出すものだから、必ず分類にうまく入らない曖昧なものを生み出してしまう。

これは『汚穢と禁忌』の序論や2章でダグラスが何度も強調するポイント。例えば、黄と緑という分類を作ったら、黄のような緑のような色というのが出てくる。で、それを黄緑と読んだとしても分類が終わるわけではない。なぜなら今度は黄緑のような黄色とか、黄緑のような緑が必ず出てきてしまうからだ。

2章の最後ではこのような曖昧なものについて人間は集団としてどう対処するのか、という話が出てくるんだけど、考えやすくするため、次のようなディスカッションの話題をみなさんに出してみた。

あなたは、「布団の上に外出時の洋服を乗せないで!汚らわしい!」と強く考える人です。あなたではない誰かが家の庭に出た後に、その洋服を脱ぎ、ベッドの上に置いていました。あなたは「嫌だ」と思いましたが、相手は「家の外には出ていない」、「”庭”に出ただけだ。だから問題ない」と反論してきます。あなたはどう反論しますか?

なぜこの問いを考えてもらったかというと、「家の庭」というのは、「家」と「家の外」の中間にある場所だから。これに対しみなさんが考えてくれた回答が相当面白くー

外気に触れたらもう全部ダメ

何をもらってきたか分からないでしょ

窓やドアから一歩出たらそこは外です。家に入ってと言われてあなたは庭にいますか?と聞きます。

ただ、これって実は反論が可能で、例えばこんな感じー

え、だって洗濯物庭に干してるじゃん。なんであれは布団の上に置いてよくて、私が庭で着ていた服はダメなの?

みたいな反論がいくらでもできてしまう。そうするともう屁理屈合戦が始まってー

洗濯物は天日干しされてるから

そうですか。ですが私は洗濯物と同じくらい庭にいました。なので私が着ていた服は天日干しされています

みたいな感じになり、こうなってくると「”天日干し”とは何か?」みたいな感じに議論がスライドして、文字通りエンドレス。

コロナ禍では、こういうことが頻繁に起こっていたと思う。「濃厚接触者とは誰か」、「濃厚接触者の濃厚接触者は大丈夫なのか?」といった永遠に終わらない議論。

こういう混乱をエビデンスで線引きしようみたいな努力がずっとされていたわけだけど、これをやりだすと絶対に終わらない。分類を作るのはエビデンスじゃなくて、エビデンスを参考にしたとしても最後は人間だから。

なので24日にも出したダグラスの言葉をもう1度。

汚れに関する我々の概念から病因研究と衛生学とを捨象することができれば、そこに残されるのは、汚物とは場違いのものであるという例の定義であろう

メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』p103

今週も受講者の皆さんのコメントがいろんな意味で機知に富んでいて、とても楽しいディスカッションをさせてもらいました。

そして来週は第3章「レビ記における汚らわしいもの」。『汚穢と禁忌』で最も注目された章の1つといってもいいところに入ります。

2022年11月24日 「なんでも科学で説明しようとしてはいけないし、できない」

汚れに関する我々の概念から病因研究と衛生学とを捨象することができれば、そこに残されるのは、汚物とは場違いのものであるという例の定義であろう

メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』p103

今週の講座は、第2章「世俗における汚穢」。第2章の前半は汚いの観念を医学と切り離すことに重点が置かれる。飛沫の拡散状況を示すため、スーパーコンピューター「富岳」がやたら使われたことから分かるように、コロナ禍は「なぜそれをしたらダメなのか」を科学的(≒医学的)に明らかにすることに全力が注がれた。

しかしダグラスは、そうやって何でもかんでも科学(≒医学)に落とし込もうとするから、余計にわからなくなると指摘する。

科学至上主義が強力な昨今だからこそ、この2章は大切。

そして後半は、曖昧なものに対峙した時、人間はどういう行動を取るのかが4パターンで示される。『汚穢と禁忌』のこの箇所が注目されているのを私は見たことはない。けれど「生きる」ことを考える上で大変に重要な箇所であるし、またこの4つの議論が続く章で掘り下げられていくところも見所。

受講生の皆さんは、p111の「たまたま人間から生まれたカバの子」に注目しているようだ…

あ、動物のカバのことです。

2022年11月22日 「今日はいいふうふの日らしい」

第1回講座のレビューシートへの返信終了。講座は木・金、レビューシート提出締め切りは日曜日であるにもかかわらず、半数の方が提出くださっていた。ありがたい。とりあえずわからなすぎて撃沈していた皆さんのモチベーションを保つことは成功した模様で安堵する。

新潮選書の三辺さんと、FILTRの二宮さんとミーティング。受講生の皆さんの発言に味があるので、書籍化の際は匿名化したのち、いくつか入れ込ませてもらうことになりそう。(無断では使わないのでご安心ください。「聞いてないわ!」みたいなことはないようにいたします)

講座の最後では自分の読書を踏まえ「汚穢と禁忌」の帯を作成するイベントをすることになっているんだけど、事務局・田中さんが、その帯を(頼んでもいないのに)早々に作成。面白くて吹いた。普通事務局は、事務仕事を淡々とこなすだけで講座内容には関心がないものだが、田中さんは違う。第1回目講座の名前の後ろには「わからなすぎて音読した」と書いていた。始業開始前に職場でやってみたらしい。しかしその努力虚しく、理解は深まらなかったとのこと。 (磯野講座では、Zoomの表示名の後ろに「今日のお題」を入れてもらっています。初回のお題は、序と1章を読んで感じたこと)

今回初めて講座のSlackを作成。timesを有志で作ってもらうことにした。timesはSlack内の個人チャンネル。Slack内の個人Twitterのようなもの。(詳しく知りたい方はこちら)すでに数名の方が呼びかけに応え作ってくれているが、義務でやるものでもないし、やることがプレッシャーになるのもいけないので、皆さんの様子を見つつ、続けるかどうかを考えたい。とはいえ、それぞれのtimesはやはりとっても面白い。

邦訳タイトルをなぜ『汚穢と禁忌』にしたのかを、当時の関係者の方に教えてもらう。ちなみに英語名は、”Purity and Danger- an analysis of concept of pollution and taboo”。邦訳では副題がそのまま書名となったと考えることもできるが、”pollution”は普通「汚穢」とは訳されない。いろんな意味で非常に面白いお話が伺えた。この件については今週の2回目で。

今回の講座は初めてのアーカイヴ付き。「アーカイヴってどうなんだろう」と思う部分もありながらの公開だったが、思いのほか多くの方が見てくださっていた。

ところで今日はセブンに行ったら、店員さんが「今日はいいふうふの日です」というバッチをつけていた。本講座に、ふうふは多分いないが、親子はいる。しかも示し合わせて申し込んだわけではないらしく、Zoomに繋いだら母がいた、娘がいた、というシンクロらしい。素敵。

2022年11月21日 「古典は緩急をつけて読む」

メアリ・ダグラス 『汚穢と禁忌』。多くの受講生の皆さんがあまりのわからなさに撃沈していた。

固有名詞がどんどん出てきて、呆然としていたため、レクチャーを聞いて読み直す気力が湧きました。メアリダグラスはやる気をバシバシ折ってくる。ひどい。

人生で出会った難解な著作、二冊目……と思いながら読み進めました。ビールを飲んで頭を柔らかくしようとしてもダメだった

講座を受けて、日本語が理解できていないわけじゃなかったんだと思いました。
第1章を読みながら、自分は漢字の意味を理解できていないのではないだろうか?となぜか辞書を引っ張り出して読んだりもしていたので、ちょっと安心しました。

などなど。

古典の読み方については、講座開始前にこちらでも一度ふれた。それに少し追加すると、読む際の緩急がつけられるといいと思う。ここまで文章が難解な場合、気合を入れ最初から最後まで同じ熱量で理解しようとすると息切れする。これはスポーツも同じ。技量の高い選手は力の緩急が見事だが、初心者は力が入りすぎてガチガチになるため疲れるし、滑らかな動きができない。

とはいえ、初心者が迷うのは、どこで力を抜くか、どこで力を入れるのかがわからないこと。なので今回の講座ではそれができるだけ掴めるよう、重要人物のリストを作り、人物関係図を作ったり、年表を作ったりしながら進めている。

レジュメの最後に貼ってくださってあったmiroの人物年表はすごくわかりやすかったです。

実際結構好評だったみたい。「力を抜いて」はよくなされるアドバイスだけど、これって言われたほうは意外と再現するのが難しい。

最後に夜中に笑った感想を一つ。

終わってから、再読したらわかるような気もしたけど、寝ました。

このくらいの力加減で行きましょう(笑)

楽しさ・面白さを最優先で進めます
「汚穢と禁忌」の読みは「おわいときんき」ではなく、「けがれときんき」らしいことが先日判明しました。衝撃を受けました…これについては講座で。

2022年11月19日 「バスタオルとパジャマ問題」

木曜日に続き、金曜日も無事に終了。不思議なもので木曜と金曜で同じ箇所を扱っているのに内容は完全に同じにはならない。

今日は、受講生さんが「こういうことがどこかに書かれていた」みたいなことを言うと、すかさずチャットで「(それは)○ページです」みたいに教えてくれる方が必ずいて、とてもスムーズに授業が進んだ。初めて集まったのになぜこんな連携が起こるのか?

それにしても「汚さ」にまつわる話は何度しても面白い。昨日と今日のディスカッションで出ていたのは、「パジャマは何日ごとに変えるべきか」とか、「バスタオルは毎回洗うべきか」とか。

「一晩寝るたびにコップ2杯分の汗をかいてます」とか言われると毎日変えないとやばい気がする。でも「寝る服なんだからそんなに頻繁に変える必要ない」というのも頷ける。バスタオルに至っては、「洗ったばかりの体を拭くタオルなんだから毎回変える必要ない」という意見と、「体を拭くタオルなんだから毎回変えないとやだ」という意見の衝突。どっちも一理ある。

「汚穢と禁忌」の面白さは、こういう日々の何気ない出来事が「人間とは何か」という壮大な問いにつながっていくところで、講座ではそのあたりを楽しんでもらえたら嬉しい。来週も頑張ろう。

本日も終わった直後なのにすでに感想を書いてくださった方が。ありがとうございます。

レビューシートより:

  • 全然頭に入っていないしよくわからないし、間違えたかも!と思いながらひやひや受けていたが、話が最高に面白く、やっぱり受けてよかったと思った。
  • 第1章を読んで改めて人類学が宣教師と植民地支配と分かちがたく結びついて発展してきたことを思い出し、19世紀にはそこにさらに進化論が絡んでめったやたらと複雑なことになっていたんだというのを知りました。

本講座第1クールは前半・後半とも完売となっております。お待ちの人数によっては、第2クール開講の可能性がございます。ご関心ある方は販売サイトの「再入荷お知らせ」よりメールアドレスのご登録をお願いいたします。

2022年11月18日 「とうとう開幕」

FILTR✖️新潮選書『人類学の古典に親しむーメアリ・ダグラスというエアポケット』が昨日スタート。

私がノースフェースのパーカーを着てくることを見越して同じパーカーで現れてくださった方、「終わったらベッドに直行計画」でパジャマ受講の方、うどんみたいの食べている方など、相変わらず自由な感じで楽しい。(磯野講座は飲食飲酒、踊り・歌など自由です。音が大きい場合はミュートでお願いします。)

また20時スタート21時30分終わりというスケジュールであったにも関わらず、早速レビューシートを書いてくださっている方。

  • 講義が面白く、なんだかたくさん発言してしまって、周りの方のご迷惑になっていないか心配です。 (←なってません!笑)
  • 事前に本を読んだときに、メアリダグラスさんがいう「感染」ってどういう意味なんだろうと気になっていました?「感染」という言葉について最後ご説明くださりありがとうございました。
  • デュケルム、フレーザーなど登場人物のイメージが立ち上がってきました。登場するたくさんの人名で(読むことを)諦めなくてよかったです
  • すべてを同じ濃度で教科書を読むように説明されるわけではなく、飛ばすところは飛ばし大事なところを強調し、ディスカッションで身近な例にも思いをはせながら進められるのがとてもわかりやすいです・・・「おわい」という言葉をweb検索したら「きたないもの。特に、大小便。」と出てきました。この本での使われ方にも注目したいです。本の表紙の土の絵も、汚いととらえるのか甲子園の土のような神聖さでとらえるのか、解釈により異なりそうですね。(←深い…)

など。遅いのにありがとうございます涙

あとすでにTwitterで発信くださっていたり…

下のブログで書いたように1章は特に難解で、ともすれば完全に漂流してしまってもおかしくない。でも皆さんが「とにかく読んで」くださってあったのでとても助かった。

あわせて読みたい
古典の読み方ー『汚穢と禁忌』が全然理解できないあなたへ 『汚穢の禁忌』を読み始めたんだけど全然わかりません...という声が受講生の皆さんから届いています。

講座の後は毎回「これでよかったのだろうか…」という思いに悩まされるのだが、今回は古典を読むという初めての試みであるため、これまで以上に不安がある。

あれでよかったのか?

あれでよかったのか?

あれでよかったのか?

なんか碇シンジみたいだ。

とはいえ、やってよかったと思うのはー

  • 登場人物の整理(年表とダグラスとの関係。年表miroで作成。)
  • 読解に絶対に必要となる背景知識

他方で、改善点と思うのはー

  • どうしても解説が多くなってしまう。
  • 講座内において「本を読む」という体験が乏しかったのでは?

の2点。今日の金曜日に生かそう。

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