2019年にちくまプリマー新書から「ダイエット幻想ーやせること、愛されること」を上梓した際、かなり力を入れたのが「自分らしくあればいい」という現代の最終兵器を迂回することだった。
これについてはWEB記事でもたまに発言しており、その中でも読まれたのは次の記事。
「自分らしさ」は探さない──「ありのまま」「あなたらしさ」の落とし穴 (NewsWeek 2020/04/02)
「自分らしくあればいい」というのは、今を生きる私たちの救済の言葉だ。
「女はこうあれ」、「男はこうあれ」といった社会規範を窮屈に感じていた人にとって、これはことさに解放だろう。かくいう私もその一人である。
でも、問題はその後だ。
「自分らしくあればいい」というのは、実は現状を否定する言葉なので、「not A」の先に、Aとは異なる何かを見つけられるのかが勝負になる。でも意外と「not A」の先を見つけるのは難しい。「見つけたと思ったBは、Aと見かけが違うだけで構造は同じだった」みたいなことが容易く起こる。そうすると苦しさは続く。「ダイエット幻想」では、「自分らしさ」のそんな罠をできるだけ平易な言葉で書こうと努めた。
この辺りを強烈な言葉で説明するのが、『欲望の鏡ー作られた「魅力」と「理想」』。スウェーデンの漫画家 、リーヴ・ストロームクヴィストによる人文系コミック。
ストロームクヴィストはフランス出身の思想家ルネ・ジラールの言葉を参照しながらこう言う。
人間は自分が何を欲望するかを知らない生き物だ
人間は他人の欲しがるものが欲しい
「社会はこういうものなのよ。だからあなたはこうしなさい」というアドバイスが、ともすると暴力と形容されかねない今、一番安全な落とし所は「あなたのやりたいことをやりなさい」である。
でもその「あなた」が結局何を欲望するかを知らず、他人が欲しがるものを欲しがるしかできないとするならば?
自分らしさとか、自分を好きになろうとか、そんな言葉に救われる感じがしない人に手にとって欲しい本。救われた感じを与えてくれる本ではないけれど、「救ってないのに救われた感じ」に一瞬させる何かより、ずっと救いになると思う。
シューレの読書会で取り上げたい1冊です。
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