「急に具合が悪くなる」を読んでくださった皆さまへ(10)-(18)

『急に具合が悪くなる』を読んでくださった皆さまへ(10)

あまり注目されない第6便ですが、この書簡の肝は実はここにあります。

ここの議論の面白さは、ご飯論法とか、藁人形論法とかいった形で、昨今批判される言葉のやり取りを、表層的な意味で積極的に肯定しているところにあります

どういうことかというと、ここの議論の要点は会話における話題転換の容易さ、対して書き言葉におけるその難しです。

相手の言葉を汲んで丁寧に言葉を返そうとすると、話題がなかなか変わらない。それは相手の論点の中で自分の言葉を展開させようとするからです。

他方、会話を眺めると、論点のすり替え、相手の言葉の拡大解釈、ずらしに満ちています。これは議論ではよくないこととされますが、会話の面白さは実はここにあり、これが変化を導いている。

この後に語られる自己の変容に関する議論の種がここで生まれています

そう考えると、ご飯論法や藁人形論法が批判しているのは、これら論法の後ろにある話し手の悪意であることがわかります。

でも逆にそうでなければこれら話法は考えもつかない着想を生む可能性を含んでいるのです。はじめのtweetで表層的といったのはそういうことです。

2020年5月25日

『急に具合が悪くなる』を読んでくださった皆さまへ(11)

去年の今日、私たちは晶文社の江坂さんを訪ね、とうとう書籍化が動き始めます。

ここから、すごく楽しい原稿に江坂さんが加わり、9月末出版というありえない前倒しまでして、一緒に走ってくださることになりました。

2020年5月30日

『急に具合が悪くなる』を読んでくださった皆さまへ(12)

実存の可能性とは未来からやってくるのではなく、むしろ、現実の手前に潜在している可能性と不可能性の動性のなかで、いま偶然を通って新たに産み落とされたと考えるべきではないか。

だからこそ、未来へ向けて可能性を選択するためには、いま直面する偶然から始めるしかない。

宮野真生子『出逢いのあわい』p179

去年の今日、私たちの書簡は大きく色合いを変える7便に入りました。

直面する偶然から何が未来へ向けて選ばれたのか。

この書簡より少し先に書き上がっていた『出逢いのあわい』(堀之内出版)の一節とともに振り返ってみてください。

2020年6月2日

『急に具合が悪くなる』を読んでくださった皆様へ (13)

7便を宮野さんに渡したのは6月1日の明け方。その日はまともに眠れなかったことをよく覚えています

きちんと届いたことがわかったときは胸をなで下ろしましたが、去年の今日、宮野さんからの返信を開け瞬間の緊張感はまだ覚えています。

私からの7便は、下手をすると関係性が壊れて書簡自体が終わるかもしれない、そのくらいの覚悟で書きました。

あんなことを書いた理由の一つは、俗にいう「優しい言葉がけ」に全くやさしさを感じない局面に何度も出会っていたからです。

頑張れなんて決して言ってはいけない。まずは相手の気持ちを受け止めて寄り添うこと。

そんなやさしさで一見コーティングされた言葉達の中身は、実は言葉をかける側の保身に過ぎないのではないか

関係性を真剣に作ろうと思ったら踏み込むことも時には必要なんじゃないか

そう考えることがありました

とはいえ、すでに病状が深刻化していた宮野さんが私の手紙をはどう受け止めるかは見当がつきませんでした。

おそらく受け止めてくれるとは思いましたが、そうはならないかもしれない。そんな怖さがありました。

宮野さんは私の言葉を和辻哲郎の信頼に落とし込みながら返してくれます。

そした不思議なことに、ここから私たちの書簡のテーマはリスクと死から、生きることに切り替わっていきます

しかし完全に切り替わるには、宮野さんが覚悟を決める8便のやりとりを待つ必要がありました。

実は8便と9便の日付を見てもらうとちょっと面白いことがわかります。なんだろう、と思う方は開いてみてくたださい。

本日もお読みくださりありがとうございました。

2020年6月5日

『急に具合が悪くなる』を読んでくださった皆さまへ(14)

第8便は「エースの仕事」の他にもう一つ候補があり、それは「美しい研究」でした。

基本タイトルは私がつけているのですが、ここに関しては宮野さんから「エースの仕事で行きたい」という話があったことをよく覚えています。

7便で宮野さんは「最後に責任を取れずに投げ出されたものが生者と死者をつないでゆくのでは」と問いかけました。

通常なら「その通り。投げ出したっていいんだよ」となるでしょう。そしてこの返しは、「頑張れ」がある種ご法度になった現代にもよく合うと思います。

ただ私はこれに対し「いや、あなたしか書けないんだから投げ出すな」と押し返しています。

この頃は他にも様々なことがあり、その巡り合わせの中で彼女は、何があっても哲学者として書き切るから、と改めて私に約束してくれることとなりました

磯野からの8便は近所の公園で書いたのですが、受け取った宮野さんから「この駆け抜ける感じは外だったのか」と言われたことを思い出します。

振り返ると確かに疾走という言葉がふさわしい日々でした。

2020年6月13日

『急に具合が悪くなる』を読んでくださった皆様へ(15)

この書簡を通じて私は一度だけ「この書簡の相手は私で良かったのだろうか」と言ったことがあります。それが宮野さんからの8便が届いた去年の今日でした。講義終わりの夜9時半頃に読んだのですが言葉の重さと深さに身体を撃ち抜かれ身動きが取れなくなったことを覚えています。

それは帯にあるやり取りが行われた翌日のことでした。

この本を読んてくださったある緩和ケア医の方に、こんな状態ではふつう文章は書けない、と言われたことがあります。でも、一人一人の意志がこういうことを可能にすることもあるのだと。

役不足だ、と言った私に宮野さんがかけてくれた言葉は、迷ったり、ブレそうになったりした時にいまだに自分を支えてくれています。

お手元に本がある方。通院する病院で点滴を受けながら書かれた、覚悟を決めた宮野さんの8便。ぜひいまいちど開いてみてください。

2020年6月18日

『急に具合が悪くなる』を読んでくださった皆様へ(16)

去年の今日は宮野さんが福大の教壇に最後に立った日でした。

河野真太郎さん(@shintak400 )を福岡に招き行われた連続イベントの真ん中のトークセッションです。逆巻しとねさん(@_pilate )、九産大の藤田尚志さん、本のあるところajiro(@ajirobooks )の店長藤枝さん、そして宮野さんが中心となって企画したこれらイベントでは、素敵な出逢いと出来事が次々と起こったらしく、そこで宮野さんが何を感じたかについては9便に詳しく書かれています。

8便を経た、ここからの書簡は「いま」に厚みを持たせ、そこから引き出された「いま」をがっちり掴み取り、それを足がかりに前に進むといった議論が九鬼周造とインゴルドを手掛かりに進められています。

「いま」の描かれ方が1便、2便と大きく違うのでお手元に本がある方はぜひ振り返ってみてください

宮野さんの最後の教壇についてはこちらのnoteに詳しく書いています。

2020年6月21日

『急に具合が悪くなる』をお読みになった皆様へ(17)

同時期に出た『ダイエット幻想』の終章と『急に具合が悪くなる』の9便はタイトルが同じになっています。

これは『ダイエット幻想』の終章と9便が同時に書かれていたことに理由があり、お読みになった方は8章までと最終章の空気の違いに気づいたと思います。

書簡の最後に全力を投じるためにも、自分の摂食障害研究の区切りである『ダイエット幻想』にまず区切りをつけたい。そう思って書き上げたのがこの章で、そのために空気が変わったのでしょう

この最終章の第一読者は宮野さんでした。

彼女の処女作『なぜ私たちは恋をして生きるのか』のとても大切なところを引用したため、見せるときはとても緊張したことを覚えています。そして宮野さんがその引用の仕方を本当に喜んでくれたことも。

世界を抜けてラインを描くこと。

これはまさに私たちが出会って以降やってきたことで、だからこそ、ここに書いてある以上にラインについて説明してほしいと言われると難しさを感じるんだと思います。

本来なら11月の出版予定を江坂さんが最大限前倒しして9月にしてくださっていました。8月は一緒に校正をして、出版を迎えよう。宮野さんも私もその日を見ていました。

書簡の最後となる10便を宮野さんに投じたのは去年の明日のことです。『ダイエット幻想』に込めた願いについてはこちらのnoteに書きました。よろしければお読みください。

photo by Aiko Yajima

2020年7月20日

『急に具合が悪くなる』を読んでくださった皆様へ(18)

去年の今日、宮野さんから私にはじめにが届きました。

そしてその夜の未明、宮野さんは救急搬送されます。彼女が最後に自分で書き残した文章は、終わりではなく、この本を手に取ってくださった方々の「始まり」を祈る言葉でした

“最後に皆さんに見える風景がその先の始まりに充ちた世界の広がりになっていることを祈っています”

この本を手に取ってくださった読者の皆様には何かの始まりが訪れたのでしょうか。それはどんなものだったでしょう?

はじめにを受け取った日の質感を思い出しながら、そんなことを考えています。

2019年9月25日の発売日が迫ってきました。

2020年7月6日

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