続く、広がる読書会- 著者と読む「ダイエット幻想」読書会を開いて思ったこと

去年の今頃、「からだのシューレ」で、「著者と読む 『ダイエット幻想ーやせること、愛されること』読書会」というイベントを開いた。

内容は文字通り、私の著作の一つである『ダイエット幻想』を2週間に1回のペースで、1章ずつ読んでいくというもの。

開催理由はシンプルに次の3つ

  1. 読者さんの感想を聞いてみたいと思った
  2. これを題材にディスカッションしたら面白そうと思った
  3. 著者に会うことを喜んでくれる読者さんが結構いることを、刊行記念イベントなどで知った

なので開催したら、読者も私も面白いというウィンウィンになって、こりゃラッキーと思った。

でも、本当に来てくれるかどうかはやってみないとわからない。

ということで、企画してみたところ、バラエティに富む、思いのほかたくさんの方が集まってくれ、全回受講の皆さんで定員はすぐにいっぱいに。都度参加の募集は全9回中の4回までで打ち止めとなった。

とはいえ、企画したはいいものの、何をやればいいかがわからない。というのも、口で説明できないから文章にしたのであって、それを著者である私が解説しても、劣化版になってしまう。

だから、一緒にシューレをやっている水野さんに「もう朗読するしかない気がする」と相談したら、「それは絶対にダメです!」と止められ、朗読するのはやめることにした。そりゃそうだ。

で、何をやったかというと、まあ、実はそこはどうでもいい。

この読書会が面白かったのは実は全回終わってからだった。

約5ヶ月にわたって読書会を続けてみたところ、なんとなく気があった人たちがいたようで、かつ終わりの時は名残惜しそうな人もいたことから、任意に参加できるSlackを作ってみた。

私はたまに見て、気ままに反応したり、書き込んだりするだけ。全然見ない時もある。

そうしたら、そこにいた何人かの人たちが、続きの読書会や哲学対話を初めて、なんとまだそれが続いている。気付いたら、もうちょっとで1年だ。

たまーにその読書会に参加させてもらうと、一応私の本が題材にはなっているのだが、大体本の話はしていない。磯野が現れたからといって、なんか気遣われることも、慌てて本の話をされることもなく、よくわかんないけど、ご当地の名産の話や、「最近の私について」とかを話していたりする。なので顔を出す側としても非常に気が楽。

とうとうこの前は、そのうちの何人かで会う、みたいなことも行われていた。もちろんこういうのに向く人と向かない人、気が乗る人と、乗らない人はいるだろう。

そこにいた全員が参加するわけではないけれど、それなりの数の人たちがいまだに、なんやかんややっていて、びっくりしてしまうし、嬉しい。

こういう展開は全く予想していなかったから。

それを見ていて思うのは、本も著者も媒介としてそこにいればいいんだな、ということ。あとは勝手に転がるところに転がっていく。

本は書いたら終わりではないというけれど、本当にそうだなあと思う。著者の手を離れた後の運び手は読者となる。

面白かったのでまた開きたいと思っている。

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