学ぶとは考えの行き先を増やすこと

7月末から始める働く人に向けた人類学オンライン講座「他者と関わる」。どのように届くのか未知数の中で始めた企画でしたが、ご案内開始から2時間でまさかの定員となりました。

「検討しているうちに売り切れてしまった…」という方もいらっしゃったわけですが、そのうちの一人である方から、売り切れ後にこんなメールが届きました。

こちらのポストを読んでくださった上での感想です。

自分の大学生時代を思い出すと、出席が目的どころか、出席しなくても単位が取れそうな授業ばかり選んでいました。そして、卒業して何年か経ってから、何てもったいないことをしたんだろう…と絶望的に後悔することになりました。だからって、仕事もあるし、そう簡単に講義みたいなものは受けられず。

学ぶ機会を探していたある方からのメール

両クラスがこんなに早く定員になるとは二宮さんも私も思っていませんでした。ですがこうなった最大の理由は、学びの場を求めている方がたくさんいらっしゃったからなのだと思います。そして、メールにあるように学ぶ機会を自ら逸したことを後悔している方も。

人文知における「学ぶ」とは不動の唯一解を得ることではなく、「考えの行き先を増やすこと」だと私は考えています。

学問を学ばなくとも行き先を増やすことは可能です。しかし学問を使うと、考えの行き先をあーでもない、こーでもないと議論してきた、たくさんの先人の知恵にふれることができます。他者の力を借りるのです。

筆記用具に鉛筆しかないと思っている人と、鉛筆の他に、色鉛筆、クレヨン、絵具があると知っている人。この両者では、仮に同じ世界を見ていたとしても世界の描き方は大きく変わるでしょう。後者が最終的に鉛筆を手に取ったとしてもです。

「他者と関わる」に参加くださる方には、「考えの行き先」をこんな形でご提供できればと思っています。

*本当にたくさんの方にキャンセル待ちをいただいています。この状況を鑑み、今後のクラスの展開について二宮さんと協議をしてゆく計画です。改めて告知しますのでしばらくお待ちください。

by
関連記事