自信を持つのは、なんて難しいんだろう/勅使川原真衣著・『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)執筆伴走にあたって

「自信を持つのは何て難しいことなんだろう」

著者の勅使川原さんをお手伝いする中でしみじみと感じ続けていたのがこのことだった。

著者が「能力の罠」に落ちていく

すでに本書を読んだ方はご存じと思うが、勅使川原さんは教育社会学の修士号をとり、複数の外資系コンサルティングファームを経て起業をしている。

これだけの経歴を持つにも関わらず、執筆から出版に至る最後の最後まで、勅使川原さんの口から出続けたのが「私は初心者なので」、「私は無名だから」といった言葉だった。

「修士しかとっていいない」とか、「コンサルのキャリアをもっと積んでいる人はたくさんいる」とかいった言葉もあった。

この本は、「〇〇力が高い/低い」と誰かを評価したり、能力をスコア化てそれを横並びにして順位をつけたりすることに疑義を突きつける本。

そうであるにも関わらず著者の勅使川原さんが、他者との比較の中に自分を入れ込み、「初心者」とか、「キャリアが少ない」とかいった形で、自分が書いた「能力の罠」に落ちてしまう。もちろん「〜力がない」という言い方はなかったが、構造は同じだ。

何が言いたいかって、そのくらいこの本に書いてあることを実践するのは難しいってことだ。

もくじ

謙遜は容易に卑下に変わる

日本は、謙虚さを重んじる社会。だから何かを初めて試みる人が、初心者や無名とかの立ち位置をとることをひどく好む。そうしないと、傲慢だとか、不遜だとか見られて、ぽこぽこ叩かれることもある。「身の程を知りなさい」というわけだ。

その意味で、日本の中で円滑にコミュニケーションを進めるという点においては、勅使川原さんの自己評価は間違いではない。状況によってはそちらがスムーズなことも多々あるだろう。

でも私はこういった言葉が出るたびに「そういうのはもうやめましょう」と言い続けていた。

なぜなら勅使川原さんがこういう風に自分を位置付けることは、本を書くうえでマイナスにしかならないからだ。

ずっとコンサルをやっている人や、ずっとアカデミアにいる人には書けない本を書いているのに、その勅使川原さんが、自分にないものを持っている人と自分を比べ、卑下してしまう。

著者がそうやって横を見出した瞬間に、オリジナリティは色褪せる。有名人をやたら引用するというように、自分にないものを持っている人に認めてもらう方向に文章が向いてしまう。それはこの本の目的ではない。

例えば、本書の面白さの1つである勅使川原さんの修士論文が紹介されている章。

でも勅使川原さんの「所詮、修士なので」というスタンスが、修士論文の存在を忘れさせてしまっていた。執筆が終盤に差し掛かってようやく、あの面白い修論の話が勅使川原さんの口から出てきたのだから驚きである。

確かに本を書くという上において勅使川原さんは「初心者」かもしれない。でもその中身についてはプロフェッショナル。なのに「本を書くのは初心者」という位置付けが、「中身についてはプロフェッショナル」の部分に侵食していくように見える時がしばしばあった。

人生がぐらついた時に自信なんて持てるんだろうか

でも、本と矛盾するような「自信のなさ」を垣間見せる勅使川原さんの様子を見て、自信を持つことはなんて難しいんだろうと改めて思った。

すでにインタビューで勅使川原さんがお話しされているが、ご病気になった後、勅使川原さんの耳には「勅使川原はもう終わった」といった声が聞こえてきたり、「絵に描いたような不幸だね」と知人(なんと精神科医)に言われたことすらあったという。

自分の人生の土台がぐらついた時に、こういう言葉を跳ね返すことは実に難しい。そういうことを言ってくる人は妙に自信満々に見えるものだし、そういう時ほど自分と他人を比べてしまう。

自分がダメだから、こんな困ったことになってしまった。そんな風にしか思えない時がある。

そこから立ち上がる方法はいろいろあると思うけど、できることの1つは、横を見ずに前へ飛ぶことだろう。

自信には「信じる」という言葉が入っているが、「信じる」というのは、未来で起こるかもしれない何事かに自分を結びつけること。それを踏まえると、その未来と自分を結びつけ、そこを信じて飛んでみようとする身構えを持つことが「自信」なんだろう。

その意味で自信というのは、傲慢と卑下の間にあらわれるのではない。横を見て順位をつけること(傲慢と卑下)から、前に飛ぶ身構えの転換をするときに初めて顔を出す何事かであるはずだ。

人はすでにあるものの中に自分を位置付けて生きる

でも、言うはやすし行うは難し。これは結構難しい。

人はすでにあるものの中に自分を位置付けて生きる。それは暮らしを安定させる上で大切なことなので、自分を「初心者」とか「無名」とかいった形で位置付けることの方が、変な話、居心地は良い。人は、そうやって世界を分類して安心を作り出す生き物だから。

でも、そこにいるとできないこともある。

執筆から出版までの間、勅使川原さんが横を見ずに前に飛べるように、勅使川原さんの跳躍板になれるようにと工夫をした。人生の足場がぬかるんだ時に一人だけで踏み切るのはとても難しい。だから少しだけしっかりした足場が横から差し出されるといい。

勅使川原さんご自身が、自分一人でやるよりも大きく飛べたという実感を持ってくれていれば、私がそこにいた意味はあったんだろうと思う。

3月8日は代官山蔦屋書店で、本書をめぐっての対談を著者の勅使川原さんと行います。司会は普段はイベントの裏方をされている、コンシェルジュの宮台由美子さん。書評も書いてくださっており、どうしてもとお願いを致しました。会場はすでに満席ですが、オンラインもございます。ご関心のある方は是非いらしてください。

お申し込みはこちらから。

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<メディア掲載などはこちらから> 

【新聞掲載】 

  1. 子を残して死ねない過剰な「能力社会」 病気で気づいた生産性の意味.朝日新聞
  2. 書評. 日経新聞
  3. 書評. 共同通信 (2023.03より全国地方紙に配信/評者:米田亮太)

【DAIKANYAMA Book Track】 Listen to “#101-「能力」ってなんだろう?勅使川原真衣『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)” by 代官山 蔦屋書店 (2023/1/11)

【PR TIMES】「能力評価」が生きづらさを生み出す。ガン闘病中の組織開発専門家・勅使川原真衣氏が、他者と生きる知恵を示す『「能力」の生きづらさをほぐす』を出版 (2022/12/22)

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【NHKラジオ (3/9)まで】木曜日放送分を聴く マイあさ! 6時台後半 マイ!Biz:中江有里 3月2日(木)午前6:40放送  (2023/3/2)

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