25 計画が立てられない人が劇的に立てられるようになった話 4: 2日連振り返りの機会が降ってくる

*このブログはルーチーンが苦手な私がルーチンを練習するために土日祝をのぞいて毎日更新しているポストです。30まで続けて終わります。平日の20時に公開されます。

前回のポストはこちら。

振り返りがあちらからやってきた

大学を出る決意をしてから半年。このままで行ったら多分どこかで潰れるという状況に私は陥っていた。次々とやってくる締切に完全に自転車操業状態になってしまい、少し息がつける時になると、疲労で動けなくなる。結果、その後に予定していたものが先延ばしになり、その結果また自転車操業状態が続く。

また、これまではある程度決まった予定の中で過ごしていたが、それがガラッと変わって単発の仕事が増えたことで、感覚的に仕事を回すことができなくなった。

どのくらい増えたかというと、担当してもらっている税理士さんに、こんなに単発の仕事が多い人は珍しいというレベルで増えた。(←実はこの一言にはかなり救われた。と言うのも回せないのは自分が悪いんだと、どこか責めていたところがあったから)

そんなおり、2日連続でこの半年の歩みを振り返るという機会がなぜかやってきた。私が企画したのではなく、あちらから声をかけられたのだ。

あの2日がなかったら私は今も自転車操業を続けてパンクしていたかもしれない。そのくらい今思うと大切な2日だった。

1つ目の振り返りは、去年私が最後に出した教員公募に落選したその日に、今では公に口にすることが憚られる言葉になってしまった、「飲み会」、をした人たちとであった。かれらにその日の夜に言われたことは今でもよく覚えている。

(大学を出たら)お花畑かもしれないのに

大学から切られるんじゃなくて、自分から大学を切ればいい

実はこの方達は折にふれ、その後の私の動向を気にしてくださっており、その度ごとにかけてもらう言葉は、自分の指針を考えてゆく際の方位磁石みたいになっている。

2つ目の振り返りは、もはや自分の子どもでもギリいけるレベルの歳の離れた二人とだった。なぜ私に声をかけたのかいまだによくわからないが、どこかの人が作ったフォーマットに則って半年を振り返るという提案だった。正直、これまで担当していた院生・学生のような人たちに、自分の今後とか反省点を話すことには多少のためらいがあったことは事実である。が、その肩書きはもう捨てたわけだし、アメリカにいた時年齢にかかわらずアドバイスし合える関係っていいなと思っていたので、面白そうだから乗ってみることにした。

結果、一つ目の振り返りでは、自分が大切にしたいことや考え方の傾向といった内面的なことが中心となり、二つ目の振り返りではテクニカルなことが中心になった。

二日間を通じて、全員から、私の計画の崩壊ぶりに関しては誰か他人の手を借りるべきだ、と言われた

そんなことわざわざ振り返らなくても思いつくでしょう、とこれを読んでる9割くらいの人は感じたのではと思う。

しかし、その時の私にこの言葉は、「そうか、その手があるのか」という発見であった。言葉というのは面白く、それがどんな空気や、どんな人たちの間で言われたかで染み渡り方が変わってくる。その意味で2日通じて同じことを言われたことはいい意味で響いた。

そしてその翌日はFILTRの二宮さんとのミーティングの日でそこでも同じことを言われる。

うーん。これは誰かに助けを求めた方がいいらしい。

ということで、私はこれまであまり記憶にない、「本当に困っていることについて“複数の人に”助けを求める」という行動を起こすことにした。複数の人、というのが大きなポイントなのだが、それについてはまた明日。

次回:思想編)「頼むの難しさ」に関する考察

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